私とぼくの関係

***Yule

「そういえば、どの花がいっとう好きなんだい?」

 髪の毛にブラシが通っていく柔らかで少しくすぐったい感触は、どうしてこうも眠気を誘うのだろう。優しく忍び寄ってくる睡魔に微睡ながら少しずつ傾いでいく体が、突然の呼びかけに少しびくついた。

「?」

 眠気に負けた曖昧な意識では、呼びかけの意味が理解できずに首を傾げる。ユウレはおかしそうに笑って、同じ質問を繰り返した。――食べることが一番好きな花のことだ。やっとのこと理解したものの、次はその答えに悩む。桜は甘くておいしい、バラは触感が好き。椿はすっきりした味わい。菜の花は食べ過ぎてもう嫌いになってしまったけれど、蜜はやっぱりおいしい。ぐるぐる、いろいろな花がステイシーの脳裏をよぎっては消える。どれも好きだけれど、一番ではない。

「あじさい? いつもおなか壊すけど」
「えぇ? 紫陽花は毒があるのだから当然だよ。おなかを壊してまで食べるものじゃない」

 たっぷりの考察の後、出した結論にユウレは眉根を顰めた。同時にステイシーの髪を梳くブラシも止まり、少し残念に思う。驚いた声には呆れと少しの叱責が混じっているようだ。ステイシーはかろうじて体勢を保っていた体をことりとユウレの膝の上に倒して、ふふ、と笑った。ユウレはやっぱりお母さんみたいだ。優しくて心配性で、怒ると少し怖い。そう思うとなんだか懐かしくて、嬉しくて、胸がほっこり暖かくなった。

 反省の色が見えないことを察したらしいユウレは、困ったみたいに一息を吐き、それからはたりとする。

「スティ、ベラドンナは絶対に食べてはだめだよ」
「……ベラドンナ? それってどんな花?」
「深紅の花だ。線香花火に似ているかな。猛毒だからね、絶対にダメだよ」

 少し迫真の色を強くした彼女に押されるように、うんと頷いた。けれどそれと同時に、頭の中で『深紅』のユウレの服が浮かんできて、少し食べてみたいと思ってしまった。ユウレに似た花、彼女と同じようにやさしい味がするといいのに。そんなことを考えて、ユウレの表情をうかがうと、ちゃんと了承したステイシーに満足したのか、にこりと優しい笑みを浮かべていた。


***Staysee

 私の母親は、いつもどこか現実味のない人だった。常にどこか違うところを見つめているというか、――何かを見つめているようで、本当はその先にある見えない他の物を見ているような、そんな雰囲気を感じさせる人だった、口をきいたことはほとんどなく、私の記憶に一番残っているのは、そんな横顔だけだ。

 だから「ユウレってお母さんみたい」微睡むステイシーにそう言われたとき、少し驚いてしまった。我ながら女性らしい性格をしていないと思っていたことも加味されているかもしれない。返事が返ってこないことを不思議に思ったのか、ステイシーが閉じかけていた瞳をゆっくりと開き、こちらの名前を呼んだ。

「いや、すまないね。ちょっとびっくりしてしまって」
「……? どうして?」
「だって、私は『父親』というほうがしっくりこないかい?」

 なおも不思議そうなステイシーに苦笑いをしながらその髪の毛を撫でる。いつもはクルクルと角に巻まかれている長髪は、ブラシで梳くために解かれており、ゆっくりと毛先まで撫でていくとサラサラ微かな音がした。

「お父さん? ……そうかな」
「女性らしいとは言えないし」
「僕を触る手、優しいよ」
「えぇ…? 料理もできないし」
「お母さんは、お料理するだけじゃないよ」

 珍しく食い下がってくるな、と、内心たじたじだ。言い分も尽きてきたユウレは少し苦笑いをしながら、ただ彼の髪の毛を撫でるだけにとどまった。すると、彼はユウレの手も構わずに身を起こして、完全に覚醒した大きな瞳でじっとこちらを見つめてくる。

「……ユウレは女の人になりたくない?」

 核心にも核心だ。長年のユウレの葛藤をそのまま言い当てられて、今度こそ二の句が告げられなくなった。黙るユウレの反応を肯定と受け取ったらしいステイシーは、角が当たらないように器用に頬を摺り寄せて、少し気落ちした顔を浮かべた。

「ぼくの中で、お母さん、って大好きな人だから。大好きっていいたかったの」

 ごめんね、許してくれる? となおも頬を摺り寄せる彼に、なんだか少し泣きそうになった。大丈夫だよと応えた声が、震えていないといい。



//私とぼくの関係(運命-番外編1)

2023-06-23
back