俺と私の関係

***Kana

 幼少のころからどこか冷めた思考回路をしていた俺は、周りの大人たちからは煙たがられた。魔法貴族という一族は、保守的で異物を嫌うのだ。達者な喋り方、考え方をする子供は受け入れられなかった。滲む涙を誤魔化しながら自分なりの分析結果を告げると、祖母はその銀色の瞳を細めて愛おしそうに笑った。

「カナはリアリストね、素敵だわ」

 祖母は否定の言葉を使わない。誰に対してもそうだった。一人きりで当主を務め、快活に笑う。そんな彼女のことを尊敬した。だから俺も、誰かを否定しない生き方をしようと、そう心に決めた。それなのに、俺が放った否定の言葉で、今、妹が泣いている。握りこんだ拳の感覚すら、最早どこか非現実的だった。リアリストとは、いったいどこの誰のことだったのか。

「やだ、カナくん、海に行きたい」
「だめ」

 口から出たのはまた否定の言葉。口にするたびに胸がずきんと痛む。冷たい冬の海水は、容赦なく彼女から体温を奪い、その指先は真っ白になっていた。先ほど溺れかけたばかりだというのに、こんなに海に固執するだなんて、妹はいったいどうしてしまったのか。

 ついには泣き出したイトの体を強く抱きしめた。祖母だったらどう彼女に話をしただろう。否定をしないで行かせてあげられただろうか。心配性のカナには、到底できない。

「イト、海にはいかないで。あそこには何もない」
「そんなことないよ。おさかなさんもサンゴも、きれいなの。それに、」
「なに」
「ううん、もう、理由はいいの、海に行きたいの」

 夢現に繰り返すばかりのイトに、途方に暮れた。このままでは彼女は海に沈んでしまう。そんな確信だけはあった。こんな風になってしまったのは、あの日魔法をもらってからだ。端正な顔に浮かべた笑顔が今となっては憎らしい。あの人と出会わなければ、今頃イトはこれまで通りの生活だったはずなのに。

「わかった」

 必死の思考はちっとも現実的ではない案を持ち出した。彼女を留めておけるなら、失わなくて済むのなら、現実的でなくてもいい。どんなことをしたって現実にしてみせる。

「じゃあ、俺が海を作るよ」


***Ito

「イト、そろそろ帰ろう」

 兄の再三の催促に、イトは小さくふふ、と笑った。夜風のない今日の海は、波風もたたずにイトの体を受け止めていた。眼前にはきらきらと綺麗に瞬く星々、少し視線を横にずらすと退屈そうな兄。彼が海面に作ったガラスの床へ暖かいランタンの光が反射して、それもまた幻想的だった。

「カナくん、今日は空が綺麗だね」
「……そうだね」

 いわれてツイと夜空を見上げる兄の横顔は、人にはぶっきらぼうだ、無表情だと揶揄されるけれど、本当は星たちに息を飲んでいることをイトは知っている。顔に出ないだけで、彼は存外、感受性が強い人なのだ。

「でしょー?」
「これが見たかったの、イト」
「うん。……ううん、カナくんと見たかったの」

 年に一度の流星群。名前はふたご座流星群。テレビでその情報を見たとき、絶対見たいと思った。けれども帝都は都会ゆえの弊害で、あまり空が綺麗ではない。だから海に行くことを嫌がるカナに、ごねて、ねだって、無理やり家から引きずり出した。ずっと不機嫌にしていたカナだったけれど、その理由に合点が行ったらしい。少しだけ機嫌をなおしたのか、彼の雰囲気が和らいだ。ふぅん、とそれだけの相槌を打って、また星空へと視線を戻す。

「イト」
「うん?」
「来年も来よう」

 静かな声が、波の音の隙間に響く、カナの口から『海に』また来ようだなんて言葉が出るなんて。あまりの驚きにイトは言葉を失う。すると返事が返ってこなかったことを不思議におもったカナが、こちらの顔を見て、そのまま、ふ、と微かに笑った。「なに、その顔」と片眉を下げる姿は、なんだか楽しそうだ。

「うん……、うん!」

 あまりにも嬉しくて何度も何度も頷くと、カナもつられて嬉しそうな顔をした。それなのに次の瞬間、腰をすっと上げコートの裾をはたく。まさか。いやな予感がしたイトは慌てて彼のコートを掴んだ。

「だから、今日はもう帰るよ」
「えぇ~、カナくん~」


//俺と私の関係(幸福-番外編1)

2023-06-23
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