ジョーカーの微笑み

 テーブルに落とされたダイスの高い音。トランプを捲る摩擦音。歓声に嘆声。様々な音が飛び交う場所で、その声だけはやたらと鮮明だった。

「お前、何してるわけ」

 投げつけられたツイロッカ・フリーテンスは、瞬きを数回。トランプを切っていた動きを緩め、声の方に視線を向けると、作り物かと思うほど端正な顔をした少年が、こちらを見つめていたまだ未成年であろう。幼さを残す顔に不釣り合いなサングラスが目に付く。何処かで見た覚えがある容姿だが、何処だろう。いまいち思い出せない。

「……仕事をしておりますが」

 挑発でもなんでもなく、単純に意味が分からなかった。ツイロッカとしては、今日も粛々とディーラーとしての仕事に励んでいるのに、何をしていると聞かれても、それしか答えようがない。だのに相手は肩を竦めてわかってないな、とでもいうように呆れた顔をした。

 なんだコイツは。僅かな苛立ちがツイロッカの心に芽吹く。けれども相手が何歳であろうが、どんな態度をとろうが、客は客だ。長年の『教育』の賜物で、感情をコントロールすることはツイロッカにとって容易い。にっこりと笑みを浮かべて相手の動向を見守っていると、彼はそうっと目を細めて、それはそれは綺麗に笑った。

「お前の『仕事』ってのは、『イカサマ』も含まれてんの」

 次の言葉は、鋭く、突き刺すためのものだった。言い逃れを許さない低い声に、思わず緩めていた動きを完全に止めてしまった。何のことですか。咄嗟に口から出た言葉は、どんな時にでも使える問いかけ。正直、内心は焦っていた。まさかツイロッカの『仕事』の中身を完璧に当てて来る人物が現れるだなんて。迎撃の言葉が口から出てこない。

「もうすぐ左から二番目の卓の、茶髪の奴が大勝ちするだろ。お前が細工したから」

 努めて動揺を表に出さないようにするツイロッカをよそに、彼はちろりとその左右で色の違う瞳を、口にした卓に向ける。示されたその卓は、確かに先ほどちょっとした細工を行った場所だった。

「自分のカジノを負けさせるディーラーなんて、聞いたことねぇよ」

 彼はポケットから小さな箱を取り出して、そうツイロッカに一瞥をくれる。それから箱の中に収められていた緑色をした宝石を、ぽいと無造作に口に放り込んだ。がりがりと硬いものを噛み砕く不愉快な音がする。その一挙一動を気取られないようにじっと観察をしていて、やっと既視感の理由を思い出した。同僚のディーラーが、こっぴどく負けたと愚痴を言っていた相手だ。この辺で荒稼ぎをしているらしく、勝負の隙間に、まるでおやつだとでもいうように宝石を齧ると聞いた。

「何が望みだ?」

 不愉快な音の中に混じった、低い声に、思わずぞく、と、背筋が泡立つ。あぁ、もしかしたら。この人物こそツイロッカの悲願を叶えるためのパーツとなるのではないだろうか。緊張で喉が渇く。背後で、先ほどの卓の方から歓声が上がった。どうやら仕掛けはうまくいったらしい。

「……あたし、チョコレートが大好きなんです」
「あ?」
「明日の夜も、出勤前に駅前のチョコレートショップに行く予定なんですよ」

ふふ、とわざとらしいほどに優しい笑みを浮かべて見せる。ここでは話せないと、そういう思いを込めた世間話だったが、相手もすぐに合点が行ったらしい。あぁそう、と短く返事をして、つやつやしたマホガニーのテーブルに行儀悪く頬杖をついた。

「チョコレートねぇ。何が美味いんだよ、ただ甘いだけだ」
「あら、無知ですね。甘いものが脳の活性化に役立つのを知らないんです?」
「そんなもんなくたって、俺はいつでも完璧だからな」
「……それじゃあ、一勝負、しましょうか」

 先ほどまで切っていたカードをテーブルに並べる。相手はそのカードの並びを一瞥して、そっと組んだ足を組み替えた。

「いいぜ。こっぴどく負かしてやるよ」

 やけに自信ありげな相手に、ご冗談を、と軽く鼻で笑って見せる。一枚目のカードを捲ると、黒色のジョーカーがツイロッカの視界で踊った。


//ジョーカーの微笑み(範囲-1)

2015-12-28
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