俺と私の関係
***Endear
十歳離れたうちの妹は世界一可愛い。それだけは間違いない。帝都中に言って回れる。母譲りのさらさらした金色の髪、父譲りの銀色の目。無邪気でくりくりしたそれは愛らしく、この目で近寄っておねだりされようものなら、どんな我儘でも聞いてしまうに決まっている。
そんな始末で溺愛している妹も、エンディアをよく慕っている。今日も今日とて後ろから飛びついてきて「兄さま、みてみて」と声をかけてきた。もう声だけで可愛い。エンディアは手にしていた本を机に放り投げて後ろへと振り返る。けれどもエンディアの満面の笑みは、妹の頭にちょこんと差されたものを見た瞬間に消沈した。いつもはない白いカチューシャ。
「母様に買ってもらったのよ!」
ご機嫌な妹は苦虫を噛み潰したような顔をする兄には気付かない。どういう因果かその白いカチューシャは、最近頻繁に会っている『いけ好かない女』が愛用しているものにそっくりだった。――もとよりシンプルなデザインではあるから、その辺の店に入ったら売っていそうなものだとはいえ。
「あー、可愛い、可愛い」
何より腹が立つのは、世界一可愛い妹と、世界一むかつくあの女を重ね合わせてしまったことだ。エンディアは腹の中をぐるぐる渦巻く苛立ちを誤魔化しながら、適当に返事を返してしまう。兄に褒められ慣れている妹は、いつもと様子が違うことに気付いたのか、むっすりと唇を引き延ばしてエンディアに不平を漏らした。
その唇の引き延ばし方もよく見ればそっくりで、やめてくれ……、と嘆かざるを得ない。どうしたって妹は妹で、誰かと重ね合わせたことなんてなかったのに。着実にあの女に蝕ばまれていることに気付いてしまった。
『何を馬鹿なことを言ってやがるんですか、お貴族様』
『帰れください。今日はもうお開きです』
意識してしまえば、昨夜言われた腹立たしい言葉がぐるぐる頭の中を駆け巡る。早く目標額を達成しなければ。この展開はあまりよろしくない。そんなことを考えながら目の前に机に突っ伏すると、心配した妹がしきりに名前を呼んでくる。あぁ、うちの妹、可愛い。可愛いけど今は複雑だ。
***Twerocca
大事なことはポーカーフェイス。感情を出さないこと。感情を消すこと。そうやって教えられて過ごしていたら、いつの間にか心からの笑い方がわからなくなった。けれどそれでもかまわない。こんな環境で心から笑う必要なんて、少しだってないのだから。
ただ、彼の本当に楽しそうで得意げな笑みを見たときは、少し不思議な気持ちになった。私もいつだったか、兄とのゲームで勝った問、こんな顔をしていた気がする。じっと見つめる視線に気が付いたのか、訝し気に、かつ不機嫌に、彼は左右で色が違う瞳をこちらに向ける。
「んだよ」
「いえ、今日はよくお笑いになりやがるなと」
「はぁ? ここまで儲けたんだ、そりゃ笑うだろ。大勝利じゃん」
いつも関係性がばれないよう時間を空けてカジノから離れたカフェで落ち合う。さらに横並びに並んだテーブルにつき、独り言のように話していた。だからこんな風に見つめるのは初めてかもしれない。静かに帰ってきた返事の通り、札束を揺らす彼は本当に楽しそうだ。ホールを歩くウェイターを引き留めて、高額なメニューをいくつも注文し始めた。一方ツイロッカの目の前には、なけなしのお金で買ったホットチョコレートのみがテーブルに鎮座している。
「『あちらのお客様からです』ってやつ、やってやろーか」
「いりません」
にやにやと笑う彼は、断れることなんて予測していると思う。なのにわざわざ聞いてきては、むっとするのだから、多分素直じゃないのだろう。気質が。
どうやら気付かないうちに、彼の性質というものを理解し始めている私がいる。深入りをするのは間違いだとわかっていたから、なるだけ彼という個人に目を向けないようにしていたのだが。
「てか、お前こそ、ちっとは笑えば」
「お貴族様にお見せできる笑顔なんてありませんよ」
「あぁ? 客にだって嘘の笑い方しかしてねーだろ」
カップを傾ける手が、一瞬強張ったことを彼が気付いていないといい。なぜバレているのだろう。今まで誰にもバレたことはなかったのに。何を言っているのかと誤魔化す言葉を雑に投げつけると、相手は「かわいくねー女」とだけ吐き捨てた。意外と鋭い彼をますます苦手に思いながら、ツイロッカはそっとカップの中身を飲み干す。
2023-06-23
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