ちゃんと知ってる。
カナはまともに食事を摂らない癖がある。それは仕事が忙しいから、とか、元から食が細く更に大した興味もないから、だとか、様々な要因が絡んだ上の悪癖だ。食生活も相まって、すぐに体調を崩す上、そのまま忙しなく仕事をするのだから質が悪い。そんな彼のことが心配にならないはずもなく、時間が合うと帝都で一緒に食事をすることがあった。大抵無理矢理気味にしつこく誘ってやっとついてくるという形だったが、そんな時間がリーテンガルは割と好きだった。大通りに面したレストラン。縁に可憐な花が咲いた皿の上には、ナポリタンが色づけたオレンジの模様と、緑色のピーマンが取り残されている。食後の紅茶を啜りながら、リーテンガルは半眼でその皿を見やった。
「は? ピーマン食べらんねぇの? ガキかよ」
皿の上のピーマンに対して何処か気怠い視線を向けているカナに、呆れ混じりに揶揄い言葉を投げかける。彼はその言葉に少しムッとしたようで一瞬表情を曇らせて、それから小さくため息をついた。
「……うざい、リィこそ玉ねぎ嫌いでしょ」
そうきたか。紅茶を啜る動きが思わず止まる。玉ねぎを引き合いに出されるのは、少し痛い。
「玉ねぎは食いもんじゃない」
「シナモン」
「食いもんじゃない」
「コーヒー」
「飲みもんじゃない」
矢継ぎ早に、けれどとても正確に、リーテンガルが苦手なものの名前を挙げられる。子供じみた言い訳をしているが、どうやらバレているようだ。リーテンガルには好き嫌いが非常に多い。おそらく十品目もあげれば、一つは嫌いだと答えてしまうだろう。それに気付いているらしいカナは、決心したようにフォークにピーマンを突き刺し、それからふ、っと抜けるような笑みを浮かべて「……子供舌」とリーテンガルを笑った。
「うっせー」
咄嗟に出てきた反抗の言葉を聞きながら、カナはピーマンを口に運ぶ。苦味を我慢しているのか、眉間に僅かに皺が寄った。あーあ、無理しちゃって。なんて、内心茶化すような言葉を浮かべながら、紅茶をもう一口。温くなってきたそれを嚥下しながら、ふと、ある事に気が付いた。
「ってか、なんでオレの嫌いなもん把握してるわけ。言ったことあったか?」
カナに嫌いなもの、好きなもの、そういったリーテンガルの嗜好を話した覚えはない。思い返してみれば、先ほどリーテンガルが特に嫌いなものだけをピンポイントで当ててきた正確さは不自然だ。食事を調理する関係で、リーテンガルの好みを把握しているヒミツにでも聞いたのだろうか。不思議に思って問いかけてみると、カナは少しだけきょとんと目を丸くして、咀嚼していたピーマンを嚥下し、ないよ、とそれだけの返事を返してきた。
「は? じゃあなんで」
「いや……、いつも見ていたらわかるよ。リィって嫌いなものは残すでしょ」
重ねた問いに、またしても不思議そうな視線が返ってくる。あぁ、そういえばこいつは、本当にオレのことをよく見ているやつだった。ふと思い出す。食事の間、眠りに落ちる瞬間、話している間、隣にいる間。いつだって彼の銀色の静かな目は惜しむことなく、じっとこちらを見つめていた。その事実を思い出すと嫌に気恥ずかしくなって、リーテンガルは思わずぎこちない手つきで口元を覆い、大通りの方向に視線を逃がしてしまった。
「なに、照れてるの」
「んなわけないだろ、シスコンめ」
くすり、と笑う音に咄嗟に反論。罵り言葉にも、カナはなんでもないような顔をして、それからピーマンをもう一つ口にした。皿の上には未だいくつものピーマンが残ったままだ。何があっても出された食事を残さない彼が、ゆっくりと苦手なものをすべて嚥下するまで、この気恥しい気持ちを持て余すかと思うと、とても気の長い時間になりそうだ。温い紅茶をもう一口。大通りを通る人々は、リーテンガルの視線などお構い無しに忙しなく歩き続けている。
//ちゃんと知ってる。(リーテンガル×カナ)
2016-11-11
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