沈む陽光

 触れるもの全てに怯える彼は人に甘える術を知らない。その姿は日の沈みかけた頃の明るくも暗くもない、ふわふわした暗闇によく似ていた。

「リーテンガル」

 声をかけると癖毛をふわりと翻して、彼は悲しそうな水色で俺を捉える。返ってきたのは、何だよ、と不愛想な返事。それだって、人を遠ざける為に彼が覚えた声色と口調だということを、カナは知っていた。

「そろそろ帰ってきたらどうなの」
「……あそこにいる方がキツい」

 憎々しげに吐き捨てた言葉には煙が混じる。口元で赤く点った小さな光は、リーテンガルが自嘲気味に笑うのに追従してゆらりゆらりと揺蕩った。

「そう」

 何を言っても恐らくは届かない。あの日から、ずっと夢の中にいるようなものなのだ。覚めることのない静かな空間に取り残されている。そっと取った手のひらは、いつにも増して冷えていた。

「それなら、うちに、来ればいい」

 暗闇の中にひとりで居るのはやめたらいい。ひとりきりでいたら、自分が存在できているのかもわからなくなるだろう。

 リィ。かつてあの子が呼んだように彼の愛称を口にすると、リーテンガルは水色を細く歪めてあの子の名を呼んだ。それでもいい。あの子の代わり、あの子への後悔、絶望だって悲しみだって、何だっていい。ただ彼をこの世界に留めておけるのなら、それだけで俺が救われる。

 そう、救われるのは俺だ。失くしたくないのは、他でもない独りよがりな俺だった。

 馬鹿だな、なんて泣きそうな顔をして手を握り返してくるリーテンガルの真ん中には、いまも、――多分、一生あの子が座り込んでいる。けれど立ち上がらなくていいよ。そこに居てくれ。君がいることで、彼はなんとか呼吸をしているのだから。


//沈む陽光(リーテンガル×カナ)

2018-02-28
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