泣かないで、ダイヤモンド

 世界最硬と謳われるダイヤモンドだが、ちょっとした衝撃で真っ二つに割れてしまうことがある。それを初めて聞いた時、双海はとても意外に思った。『世界一硬い』というのは『世界一強い』と同意義ではないのだ、と。驚いて何度も本のページを手繰る双海に、シオンは口角を引き上げて愉快そうに煙草の煙を吐き出した。

「強いもんほどそうなんだよ。柔軟さがないから、衝撃を殺しきれない」

 その時の少しだけ悲しそうな笑顔が、今も双海の瞼の裏にきっちりと残っている。


***


「あ、やば」

 『やばい』と言いながらも全然そう思っていないような口ぶりで呟かれた言葉に、俺はシオンの膝から顔をあげた。ずっと下を向きっぱなしだったせいで、軽い眩暈を感じる。歪んだ視界が少し間を置いてマトモになった時、そこには菫の瞳から涙を零すシオンがいて、一瞬にして思考が停止した。

 ぽたぽた、ぽたぽた。

 まるで意思に反した生理現象であるかのように平然とした顔で、零れ落ちてくる涙を拭いもしなかった。それが膝に落下して、緑の着物を色濃くしていく姿を見ながら、シオンはぼんやりと呻き声に近い声を上げる。

「は、大丈夫かよ」

 慌てて立ち上がって、傍にあったボックスティッシュを差し出すと、シオンは小さく唸って二、三枚引き抜いてから目元をやや強引に拭った。じんわりと、涙はティッシュに吸い込まれていったけれど、次から次へと止め処なく溢れる涙に、拭うことすら面倒になったのか、遂にはティッシュを丸めて屑籠に放り込むと、自分の腿に頬杖をついて着物へ広がる涙を見つめだした。

「シオン? 何かあったのか?」
「んーん、何もねぇよ。目が泣きたがってんじゃねぇの?」

 『目が泣きたがってる』だなんて、曖昧で不可解なことをシオンは嘯く。自分のことなのに人事みたいにそう答える声に、泣き声特有の震えは無い。只、流れる涙だけが、彼に異質すぎた。

「目が。って、なんだよそれ?」

 そう問う俺に、シオンはくすり、泣きながら笑って「目だって、泣きたくなるんだよ」ともう一度繰り返す。意味がよく飲み込めなくて、ぽかんとしてしまうと、ちっとも愉快そうな色の伺えない平坦な声で「なんちゃって」と言葉尻を濁してしまった。その姿を見ながら、俺はなぜだか胸元がぎゅうと締め付けられるような感覚がした。

「シオン」
「うん?」
「目じゃなくて、『シオン』が泣きたいときは、俺、背中でも肩でも貸してやるからな」

 せめて、とそう伝えると、シオンは涙を零しながらきょとんとして、それから静かに苦笑した。

「ばーか、そんなに弱くねぇよ」

 そうだよ、知ってるよ。お前は強い。本当に強い。心も、身体も、そのすべてが。あの日俺を拾ったことも、守ってくれる後ろ姿も、全てがその強さの証だ。けれど、だからこそ、いつか砕け散ってしまうのではないかと、俺はいつも不安になるんだよ。

 ダイヤモンドのように、粉々に。光を反射しながら、きらきら、崩れてしまいそうで。そうだ、こいつはきっとダイヤモンドなのだ。強く美しく、そして気高い。それゆえに、脆く切なく、崩れやすい、ダイヤモンド。


//泣かないで、ダイヤモンド(シオンと双海)

2019-03-09
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