あやさんの急な言動には、慣れたはずだった。 でもそれは俺の思い込みだったようで、唐突に下から投げかけられた言葉は、あっという間に次のコマンド入力を忘れさせる。こちらの膝の上に頭を載せた横顔を見下ろし聞き返すと、あやさんの方はなんでもない風に言葉を繰り返した。 「うん? だからさ、俺が死んだらこの家はシバちゃんに相続してもらおうかなって」 二回聞いても、全然頭に入ってなんかこない。あやさんが死んだら? 相続? 一体この人は何の話を始めた? 「他にもいろいろ、シバちゃんに継いでもらいたいものあるからさ、癪だけどヒロに頼もうと思ってるんだよね」 「……何言いだすんですか、唐突に」 そんな間の抜けた返事を返すまでに時間がかかった俺を不審に思ったのか、あやさんは体をゆっくり動かして膝の上で仰向けになった。 「シバちゃん、ゲーム、やられてるよ?」 不思議そうな声がゲームの内容に言及する。キラキラした金髪も、濃い青色も、いつもなら見惚れてしまうのに今はどうしても悲しい。遂にはその綺麗な色の境目さえ滲んで分からなくなった。 ゆるりと体を起こしたあやさんの、普段はしなやかな動作に少し焦りが見えたのは俺のせいなのが、自分でもよくわかっていた。そっと髪をよけながら頬に添えられた体温はいつもみたく少し低いそれで、ぐつぐつ、目の奥が熱を持つ。 「そんな顔しないでよ、真柴」 困ったみたいな声のあやさんは、きっと綺麗に笑っているんだろうな。無性に悲しくて寂しくて、思わず持っていたままのコントローラーを床に落として、細い体を抱き寄せた。長い金髪に顔を埋めるように、少し低い体温に触れるように、そっとその首筋に頬を寄せた瞬間に、滲む視界からぽとりと雫が落ちる。 「真柴、泣いているの?」 心配そうな声と一緒に優しく背中に回る手に、声が震えてしまいそうで、ただゆるりと首を振る。きっとバレてる。あやさんは聡い人だから。 「ごめんね」 「……やです、そんな話聞きたくない、あやさんのばか」 困らせたくない気持ちがしばしの沈黙の後に声を出し、我儘な自分が言葉を選んだ。噛み合わない思考に振り回されながら、それでもどうコントロールすればいいかわからない。 困ったあやさんの声は何度もごめんと繰り返し、俺はといえばその度、子供みたいにごねた。あやさんはきっと知らない。俺の世界がどれだけ自分で出来てるかって。 *** ひとしきり経って、泣き顔を見られたくないやら支離滅裂な自分の言動が恥ずかしいやらで、逃げるように風呂へと立った。その瞬間はそうやって逃げられたけれど、いつもみたくあやさんの髪を乾かしている間もどんな言葉を口にしていいかわからない。そんな俺の心情を察してか、なんにも言わずに居てくれたけれど、それでも落ち着く場所がないのは同じことだ。 「一緒に寝ませんか」 「……いつも一緒に寝てるじゃない」 何もかもがなんだか気恥ずかしく今更の誘いをわざわざ口にしてしまった俺を、可笑しそうに笑う笑顔が好きだ。そっと布団の中、真正面から抱き寄せた時の温度が好きだ。最初こそ驚いた声を零したものの、それきりこちらの胸元に顔を寄せる仕草が大好きだ。 起きたらそれら全てを失っているかもしれないという事実が怖くて寝付けずに、それでも心配はさせたくなくてそっと寝たふりをした。ただ、それだけしか出来なかった。 //中心にして震源地(真柴と文俊のはなし)
2020-08-05 |