初めて会った時から、この人は何かが違うと思った。理由なんて夏乃子には説明出来ない、なにせ現代文の成績は二だ。語彙なんてない。ただ、純粋に『違う』と感じた。視線に気付いたその人は、少し鋭い瞳をこちらに寄越して、それから流れるように緩く首を傾げた。まるで人馴れした虎のような仕草。お腹一杯の獣が、更なる餌を見つけた時の顔。――腹は満たされているからもう餌は要らない。けれど、あの獲物はどうして逃げないんだろう?

夏乃子はぞくりと背筋が泡立つ感覚を味わい、けれども不思議とその感覚は不快なものではないと脳が認識した。

「センパイ、名前、なんてンですか?」

彼の襟元でやる気なく結われたネクタイは緑色だ。最上級生であると判断して慣れない『センパイ』という呼称を使ってみる。

「ケンゲイジ、ハナトラ」

返ってきた名前は、頭の中で漢字を宛てがうことが出来なかった。ケンゲイジ? ゲジゲジ? ぽかんとしてしまう夏乃子に、慣れた口調で彼は補足を付け足す。建設の建、お花、寺で建花寺。難しい方のお華に、動物の虎。建花寺、華虎。なんて強そうな名前なんだ。夏乃子は思わず脳内でツッコミを入れる。けれども『虎』の持ち主に先程の仕草はやたらとしっくりきてしまった自分もいた。夏乃子は華虎の隣の席に付き、とりあえずの愛想笑いを浮かべる。

「熊楠夏乃子です。ヨロシク、けんげーじセンパイ」

ぺこり、と小さく頭を下げる。すると頭上で、華虎が笑みを落としてきたのが分かった。なぜ笑われたのか分からずに顔を元の位置に戻してみる。彼は口元に笑みを載せたまま夏乃子の頭、高く結った髪の毛に触れた。あまりに突然で避ける暇もない。

「……タヌキか何かが化けてる?」

くすくす、笑みの音が深くなる。夏乃子の元から離れた手のひらには一枚の葉っぱがつまみ取られていて、そこでやっと、昼寝の痕跡を残してしまったことに気付いた。

「ち、違いますよォ、カノコ、タヌキじゃなくクマですし!」
「そんな身長じゃ説得力ないな」

あまりの恥ずかしさに慌てて否定をする夏乃子にも構わずに、華虎の方は笑みを深めるばかりだ。指の間に収まった葉っぱの葉柄をくるりくるりと回す様子を恨めしく睨みつける。第一ここの学校は緑が多すぎるのだ、庭にも校庭にもたくさんの植木が植わっていて、そのせいでこんなところで弄られている。

学校に責任転嫁をしながら反論の言葉を考えていると、相手は目を細めて「よろしく、熊楠」と葉っぱをこちらの手のひらに落とした。ひらひら、落ちてきた葉っぱを見守って彼の顔を見上げると、それはそれは柔らかな表情を浮かべていて、その時夏乃子に浮かんだ感想はたった一つだった。

「……顔がいい」
「は?」




//虎と狸の邂逅(華虎と夏乃子のはなし)







2018-08-02