三年生の教室には、当然とばかりに小さな一年生が紛れ込んでいる。授業の間に設けられた短い休み、昼休み、場合によっては放課後も。翔馬はそんな彼女のことを『休み時間限定三年生』と茶化していた。すると彼女は、ずっとそうだったらいいンですけどねぇ、なんて屈託なく笑うのだ。

 お気に入りのフルーツ牛乳を買って教室に戻ってくると、いつものように親友の机の前には『休み時間限定三年生』が座っていた。雑誌を広げて指差し、親友に何事かを訴えている。傍に近寄って声をかけると、まるで性質の違う四つの目が翔馬へ向いた。

「なぁにしてんの?」
「週末に上映される、推しクンの映画について語ってました!」
「……語られてた」

 親友、華虎は聞き飽きたという顔だ。反対に一年生、夏乃子は溌剌とした表情で、週末行くんですよ〜などとうきうき気分の発言をする。

 夏乃子が持ち込んだ雑誌には、顔のいい青年がラブストーリーを演じるという一面が踊っていた。細かい文字の間にハートフルストーリーだなんて胸がムズムズする単語が見えて、思わず乾いた笑いがでる。

「あぁー、そんな反応しちゃうんです? 週末付き合ってもらうの忘れてません?」
「……家業が」
「ダメです。絶対断ってください」

 華虎に対して、『家業を断れ』だなんて言えるのは、おそらく夏乃子だけだろうなぁ、なんて、フルーツ牛乳を一口嚥下しながら思う。少なくとも翔馬には言えない。義務でありながらも、重荷でしかないその行為を辞めさせられるなら、華虎にとってこれ以上ない良い影響だろうが。そういった意味で、夏乃子の存在は翔馬にとってもありがたかった。

 無理だ、無理じゃない、などと些末な言い合いをする二人をよそに、翔馬は手持ち無沙汰に目の前の雑誌を引き寄せた。見出しには初のキスシーン! と大きな文字が踊っていた。そこでふと、好奇心が首を擡げる。

「ねぇ、そういや、もうちゅーくらいしたの?」

 翔馬の好奇心に、言い合いをしていた二人は違う性質の四つの目をこちらへ向けた。それは最初とは種類の違うものではあったけれど。

「えっ? 誰がです?」
「え? カノちゃんと華」

 問いに答えた瞬間に、夏乃子の顔がそれはもう愉快な程に真っ赤に染まった。思わず席を立ち上がった反動で椅子が音を立てる。

「す、するわけないじゃないですか! なンでそうなるンです?!」
「えぇ、もう付き合ってから随分経つじゃん?」
「付き合ってないですよ!?」

 真っ赤の夏乃子は口をわなわなさせて憤慨し華虎に助けを求めたが、当の華虎は開放された僅かな間にすでにうとうとし始めている。あまりの睡魔来訪の速さに夏乃子が絶句し、それでも否定をと、もう一度付き合ってないです! と繰り返した。

 とはいっても、教室の傍で行われた彼らの問答はすでに三年生の間に知れ渡っていたし、それからも変わることなく通ってくる夏乃子の様子に『なるほどね』と察せずには居られない状況であったのだが。意外な返答に翔馬は驚きこそすれど、華虎を揺さぶりなんとか言えと迫っている様子に首を傾げるしかなかった。

 それでも彼女の言動に嘘は見えないし、華虎も何も言わない――、というより相手は他でもない華虎だ。あの廊下での問答の後に確固たる言葉を言わずにいるとしても不思議ではないかと思い直す。

「熊楠うるさい……。もう時間だから帰るぞ……」
「え、今何時です?……あれ!? まだ待ち受け変えてないンです?」
「変え方知らない」
「も〜、貸してください」

 けれども、華虎の携帯を操作し皆で海に遊びに行った時に撮った写真へ待ち受け画面を変更する夏乃子と、それを彼女に見えない位置から見下ろす形で微笑ましげに薄く笑って見ている華虎は、

「え? マジのまじで付き合ってないって言ってる?」

 凡そ翔馬の知っている『付き合ってない』状態とはかけ離れていた。




//休み時間限定三年生(華虎と夏乃子のはなし)







2019-07-03