薄い色のツインテールがぴょんぴょん跳ねる様子を三階の教室から見下ろしていると、不意にそれはくるりと振り返ってこちらに手を振った。予想外の行動に面食らうも、ストローを咥えたままの口で笑いながら手を振り返す。

「華、カノちゃん帰ってくよ」
「……んー」

 完全に寝落ちていた華虎の頭に握った拳をグリグリ押し付けながら伝えると、相手はまるで冬眠から目覚めた熊のように緩慢な動きで体を起こした。まだ寝惚けている様子に呆れ笑いを零して窓の外に視線を戻す。遠目にも目立つツインテールは丁度校門の向こうに消えていくところだった。

「今日、一緒じゃないんだ?」
「待ってた雑誌の発売日らしい。……都内に出るって」

 目元を擦りながら、なんでもないという風に予定を把握している華虎の返答から、何度も彼女本人の口から騒がれた様子がありありと浮かんで笑ってしまった。帰り支度を始める華虎の前の席、背もたれに腕を乗せて座る。なんでも動作がゆっくりな華虎を待つ間、手持ち無沙汰で空っぽになったフルーツ牛乳のパックをべこばこ鳴らしてみた。大好きなフルーツ牛乳、無限に減らなければいいのに。

「えー? それでも普段は一緒に行きたいってごねるじゃん」
「あぁ……、今日は家業があるから、代わりに土曜日を空けるって譲歩させたんだよ」

 当然のように華虎はいつも多忙の週末を空けたという。埋め合わせだなんて、なんだかまるで恋人同士のやり取りみたいだ。ほのかに立ち上る違和感に、すこし眉を顰めてしまった。昔の翔馬ならなんとも思わなかったのだろうが、先日意味がわからないやり取りを聞いたばかりだ。もやもや、とした不思議な不快感が翔馬の中に溜まっていく。

「結局、どっちなのさ」

 不意に口をついて出た問いは、自分でも半分予想外だった。言った自分がそうなら、聞かれた相手にはもっと予想外だっただろう。分厚い歴史の教科書を持ったまま、不思議そうな顔できょとんとしている。

「なにが?」
「ほら、あれ。カノちゃんとの関係」

 重ねた問いに彼は少し驚いた顔をして、それから手にした教科書を鞄に詰めた。

「……さぁ?」
「えっ、そんなふわっとした感じなの」

 想像以上に曖昧な言葉に対して更に翔馬のもやもやは増した。彼ら二人の関係は曖昧で、付き合っていないと騒ぐ夏乃子に肯定も否定もしない華虎へ、実の所良い感情を抱いてはいなかった。告白までしておきながら煮え切らない様子は、なにごともハッキリさせたい翔馬の性分とまるで合わなかったのだ。負の感情が、追求の語気を意図せずキツくさせる。

 そんな翔馬の様子に気付いたのか、気付いていないのか。華虎は荷物を詰め込み終わった鞄の上に腕を組んで、夏乃子が消えていった校門の方へ視線を投げた。いつもと同じ怠そうな仕草で、それでも何処か優しい目で。

「……オレは別に、付き合うとか、付き合わないとか、どっちでもよくて。……ただ、熊楠が望む状態の方がオレの傍に居やすいなら、そっちがいいだけ」

 ――ずっとつるんでいたのに、彼がこんなに優しい目をするようになっていたことを、今の今まで気付かなかった。何となしに、二人の距離感がやたらと近いこと。他者に興味を持ちにくい華虎が夏乃子にはやたらと親身であること。そういった要素から、あの日、面白半分に夏乃子を焚き付けただけだったのだ。良い展開にならないかな、なんて期待をして。

 想像以上の衝撃に、思わずぽかんとしていると、視線をこちらに戻した華虎が愉快そうに目を細めて笑った。

「……翔、それどういう顔?」
「え……、ガチで大事なんだ……って顔」
「なんだそれ」

 驚きをそのまま口にすると、華虎はさらに笑みを深くする。静かに付け足された肯定の言葉は穏やかで、世の中には『決めてしまわない』という決断があるのだと、初めて知った。



//曖昧なままで(夏乃子と華虎のはなし)







2019-07-03