昔はよかったなぁと、時折思うようになった。これって老化現象の一つだろうか。ぞっとする単語を自分で勝手に思い起こしてしまって、咲笑は若干後悔をした。

けれども、そう思ってしまうほどに昔はよかった。具体的に言うと高校時代が楽しすぎたのだ。毎日バイトに部活。退屈ものもあったけれど、授業すら楽しかった。決して今がそうではないのではない。夢に向かって、少しずつスキルがついていくことはとても楽しい。けれどもいつもどこか物寂しいのは結局のところ、大好きな人たちが傍にいないからだと思う。目に見えるほどキラキラしていたあの頃はもう戻ってこない。

そんなことをぼやいてみると、久々に会う部活仲間たちは口を揃えて「咲笑の甘えた〜」と茶化すようにして笑ってくれた。そうだ、この笑顔が好きだった。

「だって、専門学校だとみんなこう……カツカツしてるし、あんまり仲良い人できんのよ」
「まぁ咲笑だって毎日忙しくしてるからしゃーないでしょ」
「それもそうだよねぇ。あれ、てゆか、今の三年生たちはまだ来ないの?」
「練習試合の後って言ってたから、もうちょっとかかるんじゃ……あ、きたみたいじゃない?」

記憶に根深い人物の存在がいないことに気付いて咲笑が問いかけた直後、お店の玄関が騒々しくなった。わあわあと騒ぎながらこちらに向かってくるその声に、懐かしいなと、これまた思ってしまう。ダメだ、これもきっと老化現象。

「ちゃーっす、お疲れさんでーす」

一番乗りに座敷に現れたのは、赤茶の髪の毛を額で纏めた少年だった。まだ幼さの残る顔で溌剌と挨拶をする姿は正に運動部、といったところだろうか。口々に挨拶を返す咲笑の同期一人ひとりに会釈しながら、彼はずんずんと咲笑のところまで歩いてきて、一言目に「サエ姉さん美味しいケーキ作れるようになりました?!」と、嬉々としていうのだった。

一年ぶりの言葉がそれって。なんて、思わず笑ってしまったが、そんなところも彼、――翔馬らしい。

「翔ちゃん、相変わらずこっども」
「えー? これでも大人の男に近づいたんだけどなぁ。サエ姉さん専門で年上ばっか見てるから〜」

けたけたと笑いながら咲笑の隣に座る彼は、一つ下の代の後輩だ。活発で人好きのする性格から、部長を任されていた。次々に入ってくる後輩たちの一人一人に挨拶を返す咲笑の隣で、翔馬はメニューを開く。

「サエ姉さん、ケーキ力作できたらうちに持ってきてくださいね」
「何それ、何人分作らなきゃいけないの」
「今は三十人くらいかな?」
「却下」
「えぇ」

彼と軽口を叩いていると、やはり昔が懐かしくなる。本当に先ほどまで同期に愚痴っていた内容をここでも言いたくなるほどだったけれど、次いで彼の口から出てきた言葉にその気持ちをぎゅっと心の底に押し込めた。

「俺らの希望のパティシエさんなんで」

期待されていると思うと、気合を入れなきゃと思う。年下の前では「サエ姉さん」なのだ。咲笑は翔馬の笑顔ににっこりと笑い返し「仕方ないなぁ」と呟く。あぁ、三十人分って、卵はいくつ必要なのかな?



//懐かしき哉(咲笑と翔馬のはなし)







2018-01-06