風邪を引くのは嫌いじゃない。布団の中、ぼんやりした頭で教育番組を見つめ、成海はそんなことを思っていた。大好きな保育園に行けないことは寂しいし、体は怠いけれど、それでも元気なときには会えない人がひとり、いるからだ。出かける準備の出来た叔父がこちらに差し出した両腕に抱かれて、今日はいるかなぁなんてことを考えた。

タクシーに乗って運ばれた先は、繋街で一番大きな総合病院だった。叔父に抱えられたまま建物の中に吸い込まれていくと、病院独特の不思議な匂いがする。規則的に与えられる振動が眠気を誘い、少しだけ意識が遠のきそうだったが、聞き覚えのある声に急速に覚醒した。叔父の肩口に預けていた頭を上げると、目線の先には会いたかった人が薄く笑みを浮かべて立っていた。

「ジバニャンせんせー!」

不思議なことに、先ほどまで大声を出せるような元気なんてなかったはずが、口をついて出た愛称は建物の中で反響するほどの声量だった。

「なる、声でかい」
「まーくん、おりる―」
「はいはい」

苦笑いをする叔父は、成海を床へと下してから成海の大好きな人――研修医へと申し訳なさそうに頭を下げた。うきうき小走りで駆けていくと、背の高い彼はしゃがみこんで視線を合わせてくれる。

「なるくんどうしたの。お風邪ひいちゃった?」
「うん! はちどでたん〜」
「結構高いね。診察室行こうか」

差し出された手に、咄嗟に両手を差し向けてみせる。いつも叔父に抱えられていたせいでついてしまった癖は成海の中で根深く、「なる」と嗜めの声が飛んできてやっと、それがいけないことなのだと気付いた。けれども、少し残念な気持ちと一緒に両手を下ろそうとするより先に、ふわりとした浮遊感が成海の体を覆う。

「わ、」

気付けば叔父よりも遥かに高い位置に視線が持ち上げられていて、思わず声が零れた。相手の首元に腕を回してしがみ付く。隣に並んだ叔父が慌てた口調で「すみません」と謝罪するも、彼の方はあっけからんとした返事だ。

「あんねー……、せんせー」
「うん?」
「じばにゃんがね、つぎね、がんばるんやよ〜」
「そうなの? 今週はメラメライオンががんばっててすごかったね」
「うん、めらめらいおんもね、すいとーよ」

すぐ傍で聞こえる穏やかな声に、再び訪れる眠気が心地よい。しがみ付いたまま彼の肩に頬を乗せると、隣には困り顔のままの叔父がいて、なんだか嬉しくてふにゃりと緩い笑みを零してしまった。



//ふわふわおねつ(成海と野甫のはなし)







2018-09-30